先生の働き方を「らしさ」で再設計するライフコーチ 蒼井櫻子です。
4月もあと1週間ちょっとで終わりですね。よくここまでやってきた!とご自身をしっかり労っていただきたいと思います。
ようやく成績処理・所見入力が終わった!と思ったら、すぐに新体制に変わり、準備もままならない状態でなだれ込むように新年度が始まっていく。
「え、これ1ヵ月の仕事量?」
箇条書きにしてみると、どの校種でも、それぞれにタスクは多く感じますよね(本来、教員の守備範囲ではなく、事務方や専門家に頼るべきタスクも担わなければならない先生がいらっしゃるのも承知しています)。
—―かといって、仕事が減るわけではないのが悲しいところ( ;∀;)
私も4~6月はてんてこまいで、ようやく期末考査・三者面談のあたりでペースをつかむといった具合でした。この慌ただしさは、目標時刻に退勤できるようになっても変化はありませんでしたが、しんどさは軽くなっていった自覚があります。
家で学校のことを考える時間が減ったからです。特に、生徒にかける言葉や教員間の人間関係について。それは「何にストレスを感じるか?」が変わったから、という気がしています。
プレジデントオンラインで不眠に関する記事(2026年4月16日16:15配信)を読んでいて思い出したんですが、「何を否定的にとらえるか?」でQOLはかなり違うんですよね。
なんでこんなに忙しいんだ
なんで集中しているときに話しかけてくるんだ
なんで言うこと聞いてくれないんだ
なんでこんなことに私は気づかなかったんだ
これらは、私がよく思っていたことです。「わかる!」という感覚、ありますかね…?
退職直前もちょくちょく思っていたんですが、頻度や強さ・持続時間は軽くなっていくんですよね。超悲観的で、敏感で、完璧主義ですから、イライラしたときの強火っぷりといったらなかったんですが、中火くらいで終わることが多くなりました。
私が目標時刻に退勤するまでの道のりは、鬱になってから5年。ハッキリ言って長すぎます。
一方で、私が幸せを感じるようになったのはもう少し手前。生活へのコントロール感が高まったことと、同時にイライラやヒヤヒヤが減ったことなんです。そのスタートは、「自分の当たり前を疑う」ということでした。
教員なら、これくらいできて当然だ。
—―本当にそうなの?私が得意なだけじゃないの?
こういう自問自答から、自分と他人では世界の見え方が違うらしいということに、一つずつ納得するようになりました。
「当然だ」と思っていることのルーツを辿ってみると、誰かに刷り込まれたことだったり、組織で生きるために身につけた慣習だったりすることに気づいて「あれ?」となるんですよね。本当は「何だかなぁ。好きじゃないんだよなぁ…」と思いながら、そういうもんだと受け容れてきたものかもしれません。だから、その通りにしない人を見ると「私は耐えてるんだぞ」となるんですよね。
この「耐えている自分」に気づくことが、手帳を書いても現実が変容しない状態から抜け出す、たった一つの入り口でした。
5/1㈮の【「身を削る私」から卒業する―背中を押す自己理解—】では、一人ひとりが知らず知らずにうちに抱えてきた「普通なら~するのが当然だ」という信念を紐解き、手放すためのはじめの一歩をサポートします。
私が一人で何年も遠回りした手放しのワークも、90分で始められます。まずは今の自分を楽にするレベル1の手放しから一緒にやってみましょう。
また、ベースとなる考え方については、先日のliveで【手帳で変わりたいなら、自分を疑うこと】をテーマにお話しました。
手帳を書いてもタスクが減らないというループを断ち切る具体的なポイントを紹介しました。移動中や作業中のながら聴きでも届く内容ですので、ぜひお役立てください。
あと一息で、GWです。少しでも毎日が穏やかなものになりますように。
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