先生をサポートして気づいた、無理する「他人軸さん」の働き方。


先生をサポートして気づいた、無理する「他人軸さん」の働き方。

女性教員専門ライフコーチ 蒼井櫻子です。

あなたは、自分が「他人軸」で生きていると思いますか?

「今、他人軸思考だったなぁ…」と思った瞬間があるでしょうか?

「他人軸思考」とは、判断基準を自分以外に置いている考え方ですね。

自分がどうしたいか?よりも、他者からの評価や好き嫌いが気になったり、判断基準が多すぎて結論を出すのに時間がかかり、その結論にも納得いかなかったりする。

こういう具合なのではないかと思います。

かく言う私も、完全に「他人軸思考」で過ごしていました。

しかも、私の場合は、大人に媚びを売って同級生や年上の幼馴染から守ってもらうという他人軸思考。

大人に要求されるように勉強し、振舞っていましたが、今考えると完全に「性悪」笑

特に中学までは外面だけがよくて、ほとんどの先生に嫌われるタイプでした。

(それでも私を買ってくれる女性の先生がいました。教員時代のロールモデルの一人です)

これをお読みの先生にも、少なからず他人軸の心当たりがあると思います。

この思考が癖になっている先生こそ、【働きすぎる思考】の持ち主。

今回は、他人軸ゆえに働きすぎてしまう先生の傾向と、対応するためのアイディアを2つずつ紹介します。

年度始めによく起こる事象についても取り上げましたので、3~4月の振り返りにも活用してくださいね。

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1.最優先タスクが「全員にとって便利」「全員が文句を言わない」になっている

プランニング講座では、期限が近いことと組織に関することは先に済ませましょうとお伝えしています。

学校は規模の大小あれど組織なので、円滑に回すことが重要です。

完成度は問わず、組織の仕事を先にやったほうがいいと思っています。

ただし、組織を円滑に回すことと全員にとって便利にしようとすることは違いますよね。

組織を円滑に回すのは、教職員一人ひとりがもっている能力を発揮できるとか、意思疎通が双方の工夫でうまくできるとか、そういうことなのではないかと思っています。

「全員にとって便利なこと」って、片手で数えられるほど、見つけるのが難しいのではと感じます。​

頑張りすぎてしまう先生の場合、「全員にとって便利なこと」を実現するために、本人がやればいいことや本来やるべきことを、先走ってやってしまうんですよね。


そこには「便利だろうから」という思いがあるのですが、いわゆる過保護的なお膳立てになっちゃうんです。

学級経営でも同じですが、砂利や雑草だらけの道を先生だけがズンズン進んで道路を整備してしまう行為は、相手が考えたり工夫したりする機会を奪うことになります

やってもらってラッキー!得したな!と、思った人はそれ以上考えたり、学んだり、調べたりするという発想をしません。身の回りにいませんか?

あっという間にあなたは「便利な人」になってしまうんです。

はたまた「要求すれば、何でも引き受けてくれる人」かもしれません。

「ねぇまだできないの?」

「いつ終わるの?」

親切心で始めた仕事のために、あなたは自尊心を削られることになるのです。

春の業務でいえば、時間割や教務の分掌がこういうシーンに出くわすことが多いでしょう。

「私の時間割、〇〇にしてほしいんだけど」

「教科書の手続き、まだ?」

こんなこと、言われていませんか?​


私もかつては時間割や教務の業務のことを知らず、催促したくなったり文句を言いたくなったりしましたが、先輩にきつ~く言われました。

「時間割に文句を言うな、注文を付けるな、催促をするな」

「どれだけ大変な仕事か、お前はわかってない」

実際にやってみるととんでもなくタフな仕事なんですよね。



私もある年度、時間割を組む業務についたことがありますが(分掌とは別で)…

  • 選択科目があれば、一斉に4~5人の教員を動かす。
  • 教室移動が連続すれば、減らしてあげようと考えることもある。
  • 食事をとる時間がなさそうなら、どこかずらして入れられないだろうか。

数百人いる教員のスケジュールを1週間ほどかけて組みました。



しばらくして、プログラムがつくられましたが、それでも不具合があったり調整が入ったりするなんて当然なんです。

そもそも週の単位数は決まっているんですから、時間割がギリギリでも現場は大して困らないんですよ。どうせ準備はするんです。

教務もやりました(大規模校なので主任のもと5~6人が動きます)。

新年度の準備をしながら、旧年度の記録をすべて点検(学級日誌と出席簿の照合と修正依頼)しないといけません。


  • 教科書の届け
  • 教育実習の準備
  • 下駄箱やロッカーの割り当て
  • PC・iPadの配布、関連機器の管理
  • 座席の準備・割り当て
  • 新任・非常勤講師の諸案内
  • 非常勤講師用の職員室整備、困りごとの解消
  • 印刷室の管理 など


先生方の業務を支える名前のない仕事がいっぱいあります。

当時、指揮を執ってくれた上司には頭が上がりません。

こういう業務を他人軸思考の先生が担当すると、何が起こるでしょうか?

親切・丁寧なケアができるというのは魅力的なのですが、自分の価値をひどく下げてしまうことがあるんです。



裏方を担う黒子という意識が作用しているかもしれません。

元来、自己肯定感も自己評価も低い先生のなかには、生徒たちと関わる最前線を担任と考えて、後方支援(担任外)に回ったことへの抵抗感や罪悪感が見え隠れする方がいらっしゃいます。


ゆえに、他の教員に奉仕するという感覚(他人軸)がより強くなっていく感じすらあります。

教員個人がやれば済むことまでやる必要もありません。


学校を切り盛りする屋台骨となる仕事です。

その自負をもって、堂々としていればいいですし、うまくいかないことを許容してもよいのでは?と考えます。

2.全部自分ひとりでやろうとする

〇〇チーフ/リーダー、〇〇主任のように、規模の違いこそあれ、取りまとめや場を指揮する業務がありますよね。

他人軸で働いている先生は、把握したことをすべて自分の管轄にしてしまうことがあります。

あるいは、一度他者に依頼した仕事を取り戻してしまうこともあります。

あなたは大丈夫ですか?

他の先生に相談されたとき、仕事を増やしやすい先生は、ただの相談を依頼だと認識します。

実際は頼んでいないのですが、受け取ったボールを返してはいけないと思ってしまうんですね。

あなたがこれまで一緒に働いたなかで

「この先生とまた組みたいな」

「安心してやりたいことができるな」と

思い出すような先生、いますか?

そういう先生は、投げたボールを必ず返してくるはずです。

話をよく聞いたうえで「それで、どうしますか?」と問いかけてくる。

だから、考えたり試したりさせてくれるし、後日様子を聞くために声をかけてくれたりします。

マネージャーなのに、前面に出てプレーヤーをしてしまったり、パスをもらったまま一人で突っ走ったりすれば、仕事が増えるのは当然のこと。

このとき、自分の中でどんな考えが起こっているでしょうか?​

もしかしてこんな考えが巡っているかもしれません。

「あなたには解決できないだろうから、私がやるしかないよね」

少しでも思っているのなら、相手のことを信用していないのかもしれません

そんなふうにして、実際は頼まれていないのに仕事を請け負っていたり、プレーヤーに任せないで自分が飛び出て行ったりすると、仕事は増えます。

そのうち「なんで自分ばっかり、こんなに働いているの?」という感覚になりますよね。

新人教育も似ている気がします。

私は私学教員だったので、指導教員というシステムはありませんが、内々で教育係を任されることがありました。

新任の先生がミスをすれば、苦情が私のところに来たので面倒なことを避けるために非常に気を遣いました。

でも実際は、直接その先生に指導をしてくださる先生はいたし、私に言いに来るのはごく少数だったんですよね。

私一人が、新任の成長を背負う必要ないじゃないかと、のちのち思いました。

しかも、当時の私のように気負っている教育係なんて、他にいなかったのです(;^_^A

守破離の「守」の、ベースを薄~く教えるだけで、強固にしていくのは本人。

そこまで責任をもつ必要なんてありません。

逆に、その責任感たっぷりの指導が新任の先生をがんじがらめにすることもありますからね。

一つ目の話と同じように、相手が考えたり試したりするのを妨害せずに余白をつくっておくことが、組織全体の力や柔軟性を伸ばしていくのではないかと思うのです。



それは手抜きではありません。



いかがでしたか?

多くの人と関わり合う仕事で、感情がぶつかり合うことがありますよね。

年度始めは特に、組織が未熟な状態で余計にストレスもかかるでしょう。

そういうときこそ、「私がやるのはここまで」「今日はここまで」と明確に線引きをするための自分軸を意識してみてください。

他人軸思考の先生は、親切で丁寧、繊細な視点をもっている方が多いと感じます。

それは強みにもなります。

それを発揮する場所を選べるようになれば、それは自分軸で生きていると言っていいのではないでしょうか。

あなた自身の強みを活かして、確実に仕事を減らし、自然体の笑顔で教員生活を楽しんでいきましょう。